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大阪高等裁判所 平成10年(ネ)321号 判決 1998年7月09日

控訴人(被告) 株式会社レイク

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 平田薫

被控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 山崎敏彦

同 今瞭美外四八名

主文

一  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審を通じて、被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一申立

一  控訴人

主文同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二事案の概要

原判決記載のとおりであるから、これを引用する(但し、八頁六行目の「前記一5(三)」を「前記一6(三)」と、九頁三行目の「第二の一(2)」を「第二の一(二)」と、七行目の「第二の三(1)」を「第二の三(一)」と、それぞれ改める)。

第三証拠

原・当審記録の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四判断

一  前記争いがない事実及び<証拠省略>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  被控訴人は、平成三年三月に高校を卒業して就職し、帯広市内で自活していたが、同年五、六月ころ、家出していたBが、突然、被控訴人のアパートを尋ね、以後、金銭の無心をするようになり、被控訴人は、やむなく、父親には内密で、貸金業者から金員を借り入れては、これをBに貸し渡していた。

そして、被控訴人は、同年一〇月からは、同様に、控訴人の帯広支店(以下、単に「帯広支店」という)からも借入れをするようになり、その分割返済は、他の貸金業者に対する分割返済とともに、Bが行っていたが、同人は平成五年一月に行方が知れなくなり、被控訴人は、控訴人を含む貸金業者に対する分割返済を一人で負担することになって、同年三月末には、生活費の節減のために父親と同居するとともに、自らの用途のためにも、控訴人や貸金業者から借入れをするようになった。

なお、Bは、昭和六〇年から、控訴人から借入れを行っており、平成五年一月ころの借入残高は、約一六万円(元金)であった<証拠省略>。

2  Cは、平成五年三月に、帯広支店に着任し、営業や債権の回収などに従事していたが、Bが控訴人に対する返済を滞らせていたので、同年六月二〇日ころ、Bの消息を尋ねるため、被控訴人に電話をしたところ、被控訴人から、同人の債務の内容について質問を受けたので、「残高が一六万円ほどであり、現在の遅延損害金は二万六〇〇〇円ほどである」と返答したうえ、さらに「今月、入金にならないと、札幌(北海道サービスセンター)のほうに移管するが、そうなると、帯広支店では同人を探すことはできなくなる」と告げた。

被控訴人は、母親が借入金の返済を怠っていることに心理的負担を感じており、また、控訴人が同人に対する債権回収の事務を札幌に移管すれば、帯広支店において同人の所在を探すことはなくなり、ますますその所在を探し当てることが困難となるものと判断し、さらに、Cから、Bの債務の一部を支払うのであれば、「追加融資」をしてもよいと約束されたので、これに魅力を感じたこともあって、自らが同人の債務の返済を肩代わりするのもやむを得ないものと考えた。

3  そこで、被控訴人は、同月二八日、帯広支店を訪れてCに会い、自己の債務の分割金一万四〇〇〇円を返済するとともに、自己の貸借における借入極度額について、一〇万円の増額を受けて、同額を借り受け、そのうちからBが延滞していた遅延損害金二万六〇〇〇円を支払った<証拠省略>。

4  Cは、その後、Bの債務について、九月分までの遅延損害金の支払いがなかったことから、同月上旬及び下旬に被控訴人に電話をしたところ、被控訴人は、Cが親身になってBの所在を探索し、債務の返済についての相談に応じてくれているものと考え、ますますCに恩義を感じるようになった。

5  被控訴人は、自己の借入れについては、毎月二七日前後に、約定どおりの分割返済を続け、同年一二月二七日にも、帯広支店を訪れて、分割金一万九〇〇〇円を支払ったが、その際、Cから、Bの債務について、同月までの遅延損害金の支払がないと、債権回収の事務を札幌に移管すると告げられたので、再び、同人の債務の肩代わりを行うこともやむを得ないと考えた。

そこで、被控訴人は、翌二八日、帯広支店を訪れて、Cに会い、さらに一〇万円の極度額の増額を受けたうえ、同額を借り入れ、そのうちからBが延滞していた遅延損害金二万八〇〇〇円を返済した。なお、Cは、被控訴人が自己の借入れについて約定に従い分割返済を継続し、かつBの債務の弁済に応じたことから、被控訴人に対する貸付について、利率を三二・八五パーセントから二九・二パーセントに引き下げた<証拠省略>。

6  被控訴人は、その後、Bの借入れについて、返済をしていなかったことから、債権回収の事務が札幌に移管されることを懸念し、平成六年五月三一日、予告なく、Bの債務の返済として、同日までの遅延損害金に相当する二万三〇〇〇円を、同人の名義で、銀行振込の方法により、帯広支店に支払った。なお、被控訴人は、右支払に対するCの照会に対して、「そうなんですか」という他人事のような返事をした(被控訴人は、同月中に、D名義の借入金に対する返済として二万三〇〇〇円を控訴人に支払ったものの、Bの債務の返済をしたことはないというが、同人の債務を返済するのは、当時は、被控訴人のほかには考えられない)<証拠省略>。

7  被控訴人は、同年七月中旬、Cに電話をして、新たに借入れをして、その一部をBの借入れの返済に当てることを申し出たところ、Cから、控訴人との貸借における極度額が五〇万円に達しており、これ以上、被控訴人に対する貸付をすることはできないと告げられるとともに、Bの借入れについては、遅延損害金のみを返済するのでは元金が減少しないことから、以後は毎月一万円を返済すれば、無理なく完済することができることを教えられたので、Cに対し、祖母と相談することを伝えた。

そして、被控訴人は、同月二九日、一万円を持参して帯広支店を訪れ、これをBの借入れの返済として支払ったうえ、翌月からは、同人の債務の返済に当てるために、完済まで、毎月同額を帯広支店に支払うことを約束し、自己の債務の返済と区別する意味で、毎月二五日過ぎに、勤務先までCに集金してもらうことの了解を得た。

8  被控訴人は、右の約束に基づいて、Bの借入れに対する返済として、平成七年一〇月まで、毎月一万円ずつ、本件各返済を行った(なお、平成六年八月、一二月、平成七年三月、四月の支払は、被控訴人が帯広支店の店頭に持参し、その他はC又はその後任者が集金したものである)<証拠省略>。

二  右事実によれば、被控訴人がBの借入れに対する本件各返済をしたのは、いずれも、自らは母親の債務を返済する法的な義務がないことを知りつつも、母親のことで他人に迷惑をかけたくないという道義心に出たからであり、この間、Cの誘導や働きかけがあったとはいえ、本件各返済は任意性に欠けるところはなく、同人が被控訴人を威迫し、困惑させたと認めるべき形跡は見当たらず、同人の言動をもって支払義務のない者に対する支払請求と評価すべき事情もない。

三  被控訴人は、自身も、控訴人や他の貸金業者に負債があり、本件返済(一)、(二)については、控訴人から本件貸付け(一)、(二)を受け、その借受金の中からこれを実行したものであるが、Cは、通達や社内の貸付に関する基準(乙三一の1、2)、あるいは被控訴人の返済状況を意識し、右基準の限度内で被控訴人に対する貸付を行ってきたのであり、貸金業者の従業員として、借主に対し、自らの負債を増加させて他人の負債を減少させることを思い止まらせるべき義務もないから、右各貸付けが、通達にいう過剰貸付に該当するものではない(なお、貸金業法や通達に反する貸付や、支払請求、あるいは弁済の受領が、ただちに不法行為を構成することになり得ないのはいうまでもない)。

四  よって、被控訴人の本訴請求は、その余の点(損害の発生及び額。なお、本件各貸付が過剰貸付により違法であるとすれば、被控訴人は、権利濫用の法理等により、本件各貸付にかかる貸金の返済義務を免れる余地があり、被控訴人には、本件各貸付にかかる債務を負担することによる損害が直ちに発生するとはいえないのであり、また、控訴人において本件各返済を受領したことが、被控訴人に対する不法行為を構成するとすれば、本件各返済はその効力がないということになるから、この点についての被控訴人の損害の主張が、Bの債務が消滅したことを前提とするものであれば、その理由がないことに帰する)について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却すべきものであり、原判決中、被控訴人の本訴請求を認容した部分は失当であるから、これを取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 蒲原範明 裁判官 永井ユタカ 菊池徹)

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